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No Money In Philosophy

_あなたの哲学を壊す_ 僕の哲学であなたの哲学をぶち壊して再構築するブログ。これはある意味で危険な行為であるが人生の中で最も大事な事の一つだと思う、なぜならそれが成長だから。これが最初のBreak your philosophy and reconstruction。あなたが僕の哲学をぶち壊してくれれば僕はまた一つ成長できるだろう、Please break my philosophy!!

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二元論のススメ

 善と悪、陰と陽、物体と精神、心と体。
 このように世界や事物の根本的な原理として、それらは背反する二つの原理や基本的要素から構成される、または二つからなる区分に分けられるとする概念のことを二元論という。
 今回はこの二元論的な考え方を思考ツールとしてお勧めしたいという話である。

 日常でカップルへの至って平凡な質問として「〇〇(彼氏彼女の名前)のどこが好きになったの?」という質問がある。
 しかしながら僕の19年とちょっとの人生で一度も納得のいく回答をもらった事は無い。
 「身長が低い人が好き」「優しい所が好き」なんていう一要素を挙げる人は多いけれど間違いなくそれだけではないし、その要素があれば誰でもいいのかとそんな話にもなりかねない。
 逆に極端に大雑把に「性格が好き」「外見が好き」「全てが好き」と言われても嫌な所に気づいて無いだけだろ、と思ってしまう。
 まぁこれは当然のことだろうと思う。なぜなら本人も相手のどこが好きか何が好きかが非常に曖昧なのだから説明出来るはずは無い。しかしながら恋という強烈に行動をコントロールされている状態を曖昧なまま過ごすというのは危険な行為である。つまりそんな根拠の無い信仰を続けてたらいつ別れるかわからんやんかと、そういうことである。
 ところがぎっちょん、この曖昧さこそがこと色んな場面おいて非常に重要だったりするのだ。
 引き続き恋愛を引き合いに出してこの「曖昧さ」の本質に潜って行きたい。
 下世話な話だが、例えばSexなんかも曖昧さの中で行われる。Sexのとき相手を人間として捉えているか、動物として身体として捉えているか厳密にはわからない。男性目線で言うならば相手の人間的な精神に興奮しているのか、動物的な身体、単純に言うと同じ人間のメスの体に興奮しているのかが非常に曖昧なのである。
 では恋愛におけるこういった動物性と人間性の曖昧さを排除してみたらどうなるのか。例えば人間的な精神性だけあればいいという人間はどうなるのかというと「オタク」になるというのが分かりやすい。紙とインク、あるいは電子データにあらゆる手法によって作り出されるキャラクターに理想的性格、理想的外見※1が付与されていれば恋が出来る人間。現実に存在する身体なんて無くても良いという人間ということになる。
※1 理想的外見は現実の恋愛においても「自分の脳内での相手へのイメージ」として存在する。
 逆に動物的身体だけを重んじる人間はどうなるか、オタクに対比するように「チャラ男」になるだろうか。相手の動物的身体にしか興味が無いため性格なんてのは二の次、なんなら余分なものと考える人になるということだからそう間違ってはいないだろう。つまり動物的身体だけを重んじる人間はとりあえず同じ人間のメスとやれればいいと考える人間になってしまうでのある。
 どうだろうか、どちらも「気持ち悪い」人間として映るのは僕だけではないだろう。
 しかし、しかしだ、この二つの「気持ち悪い」要素が合わさり曖昧になった中に恋愛という幸福に直結する状態が存在しているのもまた事実なのである。
 ここまで恋愛を引き合いにして書いてきた文章の内容は分からなくてもいいのである二つ概念の「どちらかに偏っている状態」は非常に「気持ち悪い」ものであり、2つの要素の間に存在する「曖昧さ」にある種の真実が存在している事だけはこれから何度も証明して行くのでこれらは覚えておいて欲しい。
 例えば右翼、左翼という言葉がある。右翼とはいわゆる愛国主義、ナショナリズムであり、左翼とは開国主義、グローバリズムであると言っていい。
 これらも恋愛における人間的精神と動物的身体のように、どちらかに極端に傾いてしまうと途端に「気持ち悪い」ものになる。
 例えば日本に置ける極右は「中国・韓国との国交断絶!」「在日は出て行け!」とか本気で言っちゃう人なわけだし、極左は「日本は日本人のものじゃない!」「もっと外国に出て行くべきだし、受け入れるべきだ!」とか言っちゃうわけである。
 どちらの思想も正しさと間違いを持っているからこそ右翼と左翼の議論に終着はない。
 「日本が確固として存在しながら、海外と流通するべきだ」という右翼でも無ければ左翼でもない、そういった曖昧で中途半端な人が一番まともに見えるのも当然のことなのだろう。
 このように二元論を用いれば最初の「〇〇のどこが好きになったの?」に対する答えを出す事も出来る。
 僕個人の論だが他人の変化しない部分と変化する部分の曖昧さを人は好きになるのだろうと思う。
 以下「ルーツ(根源)」と「フロー(流動)」

 どんな美人でもブサイクに見える瞬間はあるし、どんな性格のいい人もヤなヤツになる時はある。逆もまた然りで普段そうでもない人がふとかっこ良く見えたり、いい人だと思えたりするだろう。
 これはその人本来のルーツを前提に、その時の調子や感情といったフローが加わることで偶発的に発生する曖昧な良さだと言える。
 ex.悪そうな人がいい事すると凄いいい人に見える現象など
 つまり相手の良さも、どこが好きかという感情もルーツとフローによって蓄積されながら流動している。曖昧さの狭間で常に変化している。まぁなんかそんな感じなのだ。
 この理論が正しいとは思わないけれど、少なくとも僕のルーツに感情とか体調といったフローが加わった今のところは少しは納得のいく内容であるとは思っている。
 
 今度は二元論的における偏りと壁について書こうと思う。もしここまで読んでくれた人は次回を地味に期待してくれていると嬉しい。
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[ 2012/10/06 01:59 ] 思想 | TB(0) | CM(1)
左翼と右翼の区別が今更ながらここではじめて知りましたw
今回のブログも面白かったです!
次回も楽しみにしてます!
[ 2013/03/26 09:06 ] [ 編集 ]
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